
テクノロジーの世界では、いま「複雑化」と「単純化」が同時に進行している。
メーカーは“簡単に使える”ことを掲げ、設定や操作をどんどん削っていく。
ところが、その単純化が、かえってユーザー体験を複雑にしてしまう場面がある。
たとえば iOS。バージョンアップによっては、従来あった細かい設定項目が統合・縮小され、
一部は完全にユーザーの視界から消えてしまう。
Apple にとっては「一般ユーザーには不要」な調整かもしれない。
だが、必要な時に“どこにも見当たらない設定”を探す側にとっては、状況は真逆だ。
追い打ちをかけるのが、Web 上に残り続ける古い情報である。
検索すれば「iOS 15 以降は…」といった記事が山ほど見つかるが、
その多くは最新仕様に合わせて更新されていない。
説明されたメニューが、そもそも現行 iOS には存在しないことも珍しくない。
ユーザーは右往左往し、辿り着いた設定画面はすでに廃止――。
まるで地図の更新が止まった街を歩いているような感覚だ。
さらに、この状況はユーザーサポートにも負担を与える。
案内に使われている社内資料やFAQが古ければ、問い合わせは増加する一方。
ユーザーもサポートも同じ “古い地図” を手に迷子になる構図が生まれてしまう。
単純化は、必ずしも悪ではない。
不要な選択肢を減らし、間違えようのない UI を整えれば、
多くの人にとって扱いやすいデバイスになる。
しかしその裏で、細かな制御を求めるユーザーの選択肢は着実に減っていく。
自動化が進むほど、トラブル時の「手動で何とかする」余地も狭まる。
いま問われるべきは、ただ設定を減らしたり隠したりすることではなく、
“必要な時に、必要な情報へ確実にアクセスできる仕組み” をどう確保するかだろう。
技術が進化するほど、表面は滑らかになる。
しかし、その滑らかさの裏で進む複雑さを見逃してはいけない。
単純化の時代にこそ、ユーザーはより賢く、メーカーはより透明であるべきだ。
